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手紙~天国のあなたへ~

第2章 雪の記憶

「何をなさるのですか? 身分の賤しい者はどのように軽く扱っても構わないと仰るのですか?」
 留花は咄嗟に頭を振り、男の手を拒んだ。屈辱と恥ずかしさで全身の血が逆流しそうだ。
 仮に自分が男と同じ両班家に属する令嬢であれば、初対面―しかも行きずりで出逢ったばかりなのに、こんな風に親しげに触れてこようとはしないだろう。自分より低い身分の娘だからと侮っているのだ。
「私は妓生(キーセン)ではありません」
 留花はきっぱりと相手の眼を見返しながら言った。男のまなざしの強さにも怯まない。
 だが、相手の反応は意外だった。
 男は留花の投げつけた抗議の言葉にハッとしたようであった。それは何ものかに強く心を囚われていて、漸く自分を取り戻したような、正気に戻ったような感じに見えた。
「そのようなつもりはなかった。その―、つい」
 男は彼らしくもなく口ごもると、素直に謝罪の言葉を口にした。

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