テキストサイズ

手紙~天国のあなたへ~

第2章 雪の記憶

「―いいえ、私なら、大丈夫ですから」
 両班のお嬢さまではあるまいに、しかも相手の男は間違いなく高貴な身分だと判っているのに、むさ苦しいわび住まいまで送って貰うだなんて考えられない。
 留花が言い終わらない中(うち)に、夕方の寒風が留花の頬にはらりと落ちた髪を嬲って通り過ぎてゆく。
「ああ、本格的に降ってきたな」
 男がつと顔を仰のけ、淀んだ空を見上げた。
 幾重にも重なった灰色の雲間から、ひとひら、また、ひとひらと舞うように落ちてくる雪を感情の読めない瞳で見つめている。
「―初雪」
 その時、留花の口から言葉が零れ落ちたのは全くの偶然にすぎなかった。
 そして、その何げないひと言に、男は即座に反応した。男の手が伸びてきて、留花のほつれたわずかな髪を指先に巻きつける。
 男の意外な行動に、今度は留花が愕きを露わにする番だった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ