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手紙~天国のあなたへ~

第2章 雪の記憶

 男の真摯なまなざしを受け止め切れなかったのだ。
 留花にも判りすぎるくらいに判っていた。
 この男は、いっときの感情や欲望で女を慰みの対象と見なす類(たぐい)の男ではない。
「そなたの名前は―」
 男がまだ言い終える前に、留花は早口で告げた。
「病気の祖母がいますので」
「待ってくれ!」
 伸びた手が束の間、留花の細い手首を握りしめた。
 一旦は止むかに見えた雪は再び烈しさを増してゆく。水気を含んだ牡丹雪は二人の髪に、肩に落ち、忽ちにして溶けて消えてゆく。
 途切れることのない白い紗のような幕を通し、二人は一刻(いつとき)、見つめ合った。
「祖母が―家で待っているのです」
 留花はやっとの想いで言葉を絞り出した。言いたいことは山ほどあるのに―我ながら、たった今、出逢ったばかりの人に対して何をそんなに話したいこと、話せることがあるのか不思議だった―、言葉が想いが一挙に溢れ出して、かえって喉許につかえてしまう。

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