All Arounder
第54章 You Asked For It
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「それから、1年後だったかな
淳司のことを忘れられず、戦場から身を引いた俺は
初めて日本に来たんだ」
「…好きだったんか?」
「馬鹿垂れそっちのケはない」
気を遣ってやったのに、と井上はふてくされた
「資金はあったから生活はできたけど、そこからどうしようかと困ったもんだったなぁ」
マスターはカウンターテーブルを愛しそうになでた
『もしかして、マスターが酒場を開いたのって…』
「そう、淳司が言ってた…“リラックスできる場で酒をくみ交わそう”って言葉がずっと抜けなくてな。
そんな場所を、つくってやろうかと思い切ったわけさ!」
腕を組んでどっしりと構えるマスター
どこかその目は寂しげだった
「酒場ができたのって、有利香の親父さんのおかげだったのか」
「ああ、あいつがいなかったら、俺はまだ戦場を駆け回っているか…とっくに死んでいたかもな」
『でも…』
そんな思い入れのある人を、マスターは手にかけた
…なぜ?
「俺はもう、あいつに会うことはないと思っていたんだけど…
これが運命のいたずらかと、痛感したね」
マスターは懐から、1本たばこを取り出した
カウンターに並べてあるライターで、手際よく火をつける
『マスターたばこ、吸いましたっけ?』
「昔吸ってたんだ。苦手だったら、ごめんよ」
煙を灰に溜め込むと
時間をかけて鼻から吐き出した
「七香ちゃんに止められてからは…全然吸わなくなったけどね…彼女を思い出すとついつい、一服したくなるんだ」
「七香が…?」
七香は、井上の姉だ
井上が幼いころ酒場でバイトをしていたが
病気にかかった挙句に強盗に襲われ、最後は命を落とした
「退斗、お姉さんいたんやね」
「ああ、死んじまったけどな」
「…」
葵は言葉を詰まらせて、うつむいた