憾み その5

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[作品説明]

「気になるならガンガン声掛けちゃえよ」
 舞田が耳打ちしたが、会釈されただけで結構胸が一杯だった。完全な一目惚れ。この瞬間から呼吸が早まった。確かに声は掛けたいが、何を話せば良いのやら……。それ以前に、緊張してろれつが回りそうにない。
 舞田達がフロアーに戻って20分くらいが経ち、
「暑くないですか? ここ」
 途中で噛まないように、徐に言った。クラブの中は冬でも暑いくらいだ。
「そうですね。熱気がムンムンしてる」
「こういう所はがらがらって事ないでしょうしね。よく来るんですか?」
「いえ。さっきの友達に誘われて。でも彼女みたいには出来ませんね」
「オレもそうです」
 結局、この日はこれが精一杯だった。気持ちがアップしたのかダウンしているのか、何とも微妙な感じで、舞田に「先に帰る」と告げて帰った。
もう会う事はない。この時はそう思っていたのだが……。


 2週間後の火曜日だったと思う。舞田から合コンの誘いを受けた。そんな悠長な時期ではない。それに、知り合いと飲むならまだしも、初対面の人達との席は苦手で、ずっと断わって来た。
 オレが「合コンはいいよ」と言うと、
「合コンとは聞こえがわりーな。飲み会だよ。皆でパーッと盛り上がって仲良くなる。お互い良けりゃLINEとか交換するだけじゃん」
 それを合コンっていうんじゃねえのかい?
「この前の子も来る予定だけど、それでも来ないか?」
「誰の事だよ?」
 早稲田である事は直ぐに分かったが、無意識に見栄を張った。舞田はあの日から、早稲田の友達と連絡を取り合っているようだ。流石!……でもないか。
 舞田は「惚けんなよ!」と言って、オレが被っているキャップのつばを掴んで下にずらした。
「からかうなよ!」
 キャップを直しながら不機嫌を装ったが、内心はドキドキしていた。




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