憾み その9

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[作品説明]

 1人残され手持ち無沙汰になったオレも、後を追うつもりはなかったが、トイレに行こうと席を立った。
 廊下を真っ直ぐ進み、左に曲がろうとしたその時、
「隣の彼と良い感じじゃん?」
「只会話してただけだよ」
さっきの女性と早稲田の声が聞こえ、思わず足を止めて耳を欹てた。
「連絡先訊かれたんだけどさあ……」
「教えたの?」
「用なくなるって断わった」
「別に教えるくらい良いじゃん」
「そうなんだけど……」
 早稲田は口籠もる。何か嫌な予感……。
「彼、何にもなさそうなんだよね。将来の目標とか。そういう人と関係持ってても、何にもなんないじゃん?」
 !!!!……。一遍に身体が凍り付いた。首から熱い血液がカーっと上がり、顔は脂汗でギットギトになって行く。
 気付いた時には席に戻っていた。あのままあそこにいたら、尚気まずい状況になってしまう。無意識の行動だった。聞かなきゃ良かった……。
 でも何も知らなかったら、再度連絡先を訊いて、体よく断わられていただろう。どっちにしてもショックを受ける訳だ。
 暫くして、早稲田が帰って来た。だが、もう目を合わせる事も、話し掛ける事も出来なかった。向こうも、一切声を掛けては来ない。居た堪れなかった。
 他の皆は二次会でカラオケに行ったが、オレは当然そのまま帰った。別れ際、一瞬だけ見た早稲田の笑顔……。憎らしい程輝き、綺麗だった。
『何にもなさそうなんだよね。将来の目標とか』。帰りの電車の中、この言葉が頭の中をグルグルと駆け巡った。その場にしゃがみ込みたい程、羞恥心にさいなまれる。一時の思い出にしておけば良かったのだ……。結果論。

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