
血とキズナ
第7章 ニセモノ
「おいリツ、この新作パン美味ぇぞ。食ってみろよ」
包み紙に入ったパンを、佐山がリツに向けるが、リツの表情がはわかりやすく曇った。
「いらねーよ」
ぷいっと顔を背け、リツは自分のカレーパンにかぶりつく。
そんなリツの態度に、佐山はため息をついた。
「いつまで怒ってんだよ」
「べっつにー。怒ってねーし」
リツの不機嫌の理由はわかっている。
先日、リツの兄に、佐山がリツのバイト先を教えてしまったからだ。
「お前がアイツにバイト先教えたせいで、毎日毎日待ち伏せされて鬱陶しすぎて吐きそーなんてこたぁ、別にもうどーでもいいことだ」
「お前って、怒ると結構シツコイのな」
リツの兄がバイト先に出没するようになって数日、佐山に対するリツの態度はずっとこんな感じだった。
「なぁ、だからごめんて。何度も謝ってるだろ」
「だから、別に怒ってねーって言ってんだろ」
この数日で何百回と繰り返した問答に、佐山は再びため息をついた。
そういうリツの態度が、鴇津は新鮮だった。
いつもへらへらして、怒ったり人を憎むことが極端に少なさそうなリツが、まるで子どものようにしつこく拗ねている。
こうしていると年相応――、むしろ子どもっぽく見えてほっこりする。
出会ったばかりの頃は不安や抱えるものなど何もない、ただの能天気な坊ちゃんだと思っていた。
世の中に恵まれ、周りに不満や疑問も抱かない世間知らずなガキだと。
しかし、きっとそうではないのだろうと、感じ方が変わった。
『あの人、俺の兄貴――』
あの日、帰りのバイクの上で、リツがそう言った。
そして続ける。
『うち親いないからあの人が保護者みたいになってて、鬱陶しいんだよね。俺としては』
それを聞いたとき、鴇津は衝撃を受けた。
リツと自分は、根本が違うとずっと思っていた。
自分は、世の中など信用していない。
リツは、世の中に不満など抱かず、平和に過ごしている。
リツとは、住む世界が違うと思っていた。
