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血とキズナ

第8章 レース

 しかしそんな能天気さが、鴇津を知らなかった世界へ連れていくのだ。

 リツと共有する世界は、時がゆっくり流れるようだった。

 鴇津は普段使うことのない、メール機能を起動する。


(忘れた)


 霧金に来て以来、まともに授業など受けていない鴇津には、教科という概念もなく、教師の顔など誰一人知らない。

 すぐに返信が来た。


(俺は体育。最近暑いね~)

(知ってる
 暑いならジャージ脱げよ)


 思わずそう文字を打っていた。
 こんなフランクなメールなどしたことない鴇津は、自分でも驚いた。
 リツの前では、今までの自分ではいられなかった。

 少し悩んだが鴇津は観念したように、その文章をそのまま送った。

 先日、鴇津は今まで誰にも言ってこなかったことを、リツに暴露した。

 それからというもの、鴇津は自分が驚くほど落ちついていると感じた。

 何もかもが鬱陶しくて、怒りを感じていた自分が、嘘のように消えた。


 自分の特殊な事情など、どうでもいいと思っていた。

 親がいまいが、施設育ちだろうが、偽物だろうが本物だろうが、自分のことであって、他人事だった。

 わざわざ言うことでもなく、同情されて、腫れ物を扱うような態度が気持ち悪くて、だったら何もいらないと、すべて拒絶してきた。

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