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血とキズナ

第8章 レース

 こんな関係を鴇津は知らない。
 リツのような人間をなんと呼べばいいのか、鴇津にはわからなかった。

「リツ、お前足速かったんだな」

 何の躊躇いもなく、どうでもいい言葉がつらつらと出てくる。

「中学の時、ちょっとだけ陸上部にいたからね」

 パンを口に含みながらリツが笑った。

 他人と言葉を交わしたいなどと思ったこともないのに、リツとは話をしたいと思う。
 自分と似ているのに、全く違うリツが不思議でしかたがない。
 いつもへらへらして、決して他人を傷つけない。
 そのくせ、兄に対してだけは徹底的に嫌悪をあらわにしている。
 その理由はまだよくわからないが、リツがただの平和ボケ野郎でないことだけは確かだ。

 たものを抱えているのに、世界に不満だらけだった鴇津と違い、リツは何にも反抗せず不満も言わない。
 それがただの弱者である行動ならば、鴇津のいちばん嫌いとするところの人間だが、リツは違う。
 反抗する力も心もあるのに、リツはしない。
 だから気になってしまうのだ。

「お前陸上部だったのかよ。どうりで」

 に座るユウゴが仏頂面でそう言った。

「島田もけっこう速かったじゃん」

「一番速かったテメーに言われたってイヤミにしか聞こえねーよ!」

 ユウゴがリツの膝を蹴った。
 その弾みでリツの手からパンが転がり落ちる。

「あーあーもったいない」

 それを拾い上げると、リツは軽くゴミを払い落としてまた食べ始めた。

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