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側にいられるだけで④【牡丹の花の咲く頃には】

第4章 偽りの別れ

 キョンシルはトスの眼を見た。静かな、凪いだ湖のような瞳。もう、いつものトスに戻っている。その底で燠火のように暗く燃え盛っていた焔はいつしか消えていた。
「先刻も言ったように、外は危険だ。俺と一緒にいるのがいやなら、今は俺が出ていく。頼むから、一人で行くなどとは言うな」
 そう言うトス自身がたった今、牙を剥きだして獲物に襲いかる狼のように、キョンシルを欲望のままに思い通りにしようとしたのだ。この小屋よりも危険な場所が他にあるはずがない。
 そう言うことは容易かった。しかし、何故か傷つけられたキョンシルよりも傷つけようとしたトスの方がはるかに哀しげな瞳をしていた。お人好しと笑われるかもしれないけれど、そんなトスの傷ついた瞳を見ていたら、キョンシルはもう何も言えなくなってしまった。

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