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側にいられるだけで④【牡丹の花の咲く頃には】

第4章 偽りの別れ

俺の生まれた家は残念ながら海からかなり離れていたゆえ、海鳴りは聞こえなかったんだが、家を出てしばらく暮らした場所は、いつも海鳴りが聞こえてきた」
 キョンシルは何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。家を出てしばらく暮らした―、そのことだけからして、トスの人生はやはり平坦なものではなかったようだ。けして多くを語らなかった彼の短い話は、いや、かえって言葉少なだっただけに、彼の歩いてきた道程(みちのり)に幾つもの他人には明かせぬ過去があると暗示させた。
「ねえ、他には何か特別なことはないの?  そうそう、確かトウモロコシの栽培が盛んだって教えてくれたわよね」
 明るい声音で促すと、トスが気を取り直して話し出す。

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