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側にいられるだけで④【牡丹の花の咲く頃には】

第4章 偽りの別れ

 艶やかな長い黒髪には銀の透かし彫りの簪が挿してある。トス自身が手ずから挿したものだ。あの簪はキョンシルにも語ったように、ミヨンに贈るものだった。
 ずっとミヨンを偲ぶよすがに取っておこうと考えていたのに、亡き恋人に生き写しの娘を見て、ふと簪を贈るつもりになったのだ。恋人が挿すはずだった簪を彼女にそっくりな娘が挿せば、せめてもの心の慰めになりはすまいかと思った。
 しかし。本当にそうなのだろうかと己れの心に問いかけてみる。キョンシルを知れば知るほど、トスは彼女に心が傾いてゆくのが判った。これまではミヨンがいたから、もちろん、キョンシルを異性として見たことはなかった。が、ミヨン亡き今、キョンシルは明らかに一人の女としての存在を彼の心の中で主張し始めた。

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