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側にいられるだけで④【牡丹の花の咲く頃には】

第1章 第一話 【宵桜】 始まりの夜

 母の膝の上が最も安らげたキョンシルの幼い頃から、桜はずっとここにあった。この桜の前に立てば、キョンシルは波立つ心を何とか鎮められた。苛められっ子に〝父なし子〟とはやしたてられ、悔しさに身を震わせて泣いた日も、やはり、ここに来た。
 だが、今夜だけは、ざわめく心は一向に凪ぎそうにない。かえって桜が無言で物問いたげに自分を眺め降ろしているようにさえ見える。
 ああ、誰か。私にあのひとを忘れさせて。
 キョンシルは、この日、自らの心の奥深くに閉じ込めてきた想いを桜の樹の下に葬った。そう、この感情はけして誰にも知られてはならないもの、母の幸せのためにも。

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