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側にいられるだけで④【牡丹の花の咲く頃には】

第10章 第二話 【はまなすの咲く町から】 恋の病

「私も昨夜、一度様子を見に来たが、どうも本物の病気というわけでもなさそうだな」
「と、仰せになりますと?」
 乳母は太った身体を縮めるようにして、不安げに揉み手をしている。執事ができる男で、その女房ということで息子の乳母にしたが、もしかしたら、人選を誤ったかもしれない。この乳母は小心な女だ。息子を大切に育ててはくれたものの、時に厳しく時に優しくという手綱の締め方を心得ていなかったようだ。
 しかし、乳母だけを責められはしない。妻を失った淋しさを忘れるため、若い頃の彼はひたすら事業の拡大に心を注いだ。そのため、家庭を顧みる暇はなく、すべてを信頼できる執事夫婦に任せ、たまに逢う息子は妻に似て病弱でもあったことから、外の風にも当てぬように育てたのだ。

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