
変人を好きになりました
第15章 知り合いと恋人
「いや。僕もそのことについて話そうと思っていたから。古都さんは誰かを好きになった記憶はあるのか?」
「え」
話すことがなくなってひたすらドーナツを口の中で噛みつぶしている私をふたつの黒い目でじっと見つめていたクロタキさんが口を開いた。意外な発言と突飛な質問に私は左目を瞬かせる。
それでも、返事を促すように私から目を離さないクロタキさんに負けた。
人を好きになったこと。ある。一度だけ。
「ありますよ」
私が言うとクロタキさんは私からぱっと目を逸らして視線を下に泳がせた。
中学生の頃に好きになった男の子のことを思い出そうとしてみる。通学路が途中まで同じだっただけのその子の顔ははっきりとは覚えていないけれど、全てを受けていれてくれそうな大きな優しさがぼんやりとした雰囲気を作っていた。
「空良じゃないんだろ。誰だ?」
「さあ。名前を聞いたことがないんです」
そう言うとクロタキさんは目を細めた。
「どういうことだ」
「おかしいって思いますよね。名前も知らない人のことを好きになるなんて。でも、誰かを好きになったのなんてそれ一度きりなんです。あ、記憶のある限りで、ですけどね」
慌てて空良くんのことを付け加えるとクロタキさんは首を横に振った。
「おかしくない。僕も同じだ」
「同じって?」
クロタキさんは隣りの椅子に座りなおして、長い脚を組んだ。
「僕も名前を知らない少女を好きになったことがある。高校生の時に」
俯いていた顔を上げて私を真正面から見つめた。どうしてこんな時に私の右目は塞がれてるのだろう。目がふたつあればもっとクロタキさんの視線に応えることができたのに。
でも、どうしてこんなに真っ直ぐ私を見つめるのだろう。さっきから黒い瞳の中になにか隠れているような気がするのは気のせいかな。
「それで、その女の子とは?」
クロタキさんはゆっくり瞼を閉じた。
「それからすぐ僕がアメリカの大学に行ったから、彼女に名前も聞けないままお別れも言わずに」
再び開かれたふたつの瞳は静かに光っていた。
私の初恋となんだか似ていて、クロタキさんの気持ちが私にも伝染してしまった。喉元が初々しい恋で詰まってしまいそう。
「じゃあ、それっきり?」
「え」
話すことがなくなってひたすらドーナツを口の中で噛みつぶしている私をふたつの黒い目でじっと見つめていたクロタキさんが口を開いた。意外な発言と突飛な質問に私は左目を瞬かせる。
それでも、返事を促すように私から目を離さないクロタキさんに負けた。
人を好きになったこと。ある。一度だけ。
「ありますよ」
私が言うとクロタキさんは私からぱっと目を逸らして視線を下に泳がせた。
中学生の頃に好きになった男の子のことを思い出そうとしてみる。通学路が途中まで同じだっただけのその子の顔ははっきりとは覚えていないけれど、全てを受けていれてくれそうな大きな優しさがぼんやりとした雰囲気を作っていた。
「空良じゃないんだろ。誰だ?」
「さあ。名前を聞いたことがないんです」
そう言うとクロタキさんは目を細めた。
「どういうことだ」
「おかしいって思いますよね。名前も知らない人のことを好きになるなんて。でも、誰かを好きになったのなんてそれ一度きりなんです。あ、記憶のある限りで、ですけどね」
慌てて空良くんのことを付け加えるとクロタキさんは首を横に振った。
「おかしくない。僕も同じだ」
「同じって?」
クロタキさんは隣りの椅子に座りなおして、長い脚を組んだ。
「僕も名前を知らない少女を好きになったことがある。高校生の時に」
俯いていた顔を上げて私を真正面から見つめた。どうしてこんな時に私の右目は塞がれてるのだろう。目がふたつあればもっとクロタキさんの視線に応えることができたのに。
でも、どうしてこんなに真っ直ぐ私を見つめるのだろう。さっきから黒い瞳の中になにか隠れているような気がするのは気のせいかな。
「それで、その女の子とは?」
クロタキさんはゆっくり瞼を閉じた。
「それからすぐ僕がアメリカの大学に行ったから、彼女に名前も聞けないままお別れも言わずに」
再び開かれたふたつの瞳は静かに光っていた。
私の初恋となんだか似ていて、クロタキさんの気持ちが私にも伝染してしまった。喉元が初々しい恋で詰まってしまいそう。
「じゃあ、それっきり?」
