テキストサイズ

変人を好きになりました

第15章 知り合いと恋人

「天文学を専門に学んで、研究している人は少ないからな」


 言いながらクロタキさんは無造作に整えられた黒髪を揺らして同意するように何度か頷いた。

「そうですよね。私は図書館で空良くんと会ったらしいんですけど、そんなのアニメでしか見たことない展開ですし」
 私はくすっと笑った。クロタキさんは笑いはしなかったもののすごく嬉しそうに唇を吊り上げた。


「重要なのは、彼を好きかどうかだろ。好きじゃないのなら……すぐにでもそれなりの行動をとるべきだ」
「それなりの?」

 別れるということなのだろう。でも、それだとあまりにも空良くんが不憫じゃない。

「古都さんは空良のペースに持っていかれすぎだ。好きじゃないのなら別れるのが双方にとって利益を生むと思う」
 双方に利益って……すごくクロタキさんらしい言い回しだ。
 別れるもなにも、付き合っていた頃の記憶がないのにそんなことを考えるってなんか変だ。自分のことじゃないみたい。

 ややこしいことを考えるのは苦手。状況を変えるのも面倒がくさくて、怖くて嫌いだ。記憶喪失になったって私は臆病なまま。いっそのこと、0歳からの記憶を全て消してもらえばこの性格だって直るかもしれないのに。

 私は逃げるように話をクロタキさんに向けた。


「クロタキさんはどうなんですか?」

 白い箱に入ったピンクの丸いドーナツを指でつまんで左目でじっくり見ながらクロタキさんに問う。

「なにが」
「好きな人はいらっしゃるんですか?」

 最近、恋人と別れたと聞いたばかりなのに、私はどうしてこんな質問をしてしまったのだろう。口にしてから気が付いてしまった。クロタキさんが傷ついてしまったらどうしよう……。それでも、心のどこか深い深い所でこんな質問をしろと誰かが喚いていたから仕方がない。


 案の定、困ったような切なそうな顔で箱の中のドーナツを睨むクロタキさん。その俯いた顔は石膏像にされたっておかしくないくらい美しくて、彼をこんなに悩ませる女性が羨ましくなった。

「変な質問しちゃってすいません。ん、このドーナツすっごく美味しい。クロタキさんもどうぞどうぞ」

 ロボットのように言われるがままドーナツを口に運んで、咀嚼する。味を感じているのかどうか疑問に思うほど無表情でドーナツを呑み込んだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ