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変人を好きになりました

第17章 探偵と科学者

「ねえ、空良くん」


 私が呼びかけると空良くんは読んでいた本から顔を上げた。

「この指輪ってどういう意味なの? 私たちってもしかして婚約もしちゃったの?」
 目が覚めた時から左手の薬指に私なんかには勿体ない青色に輝く宝石がはめられていた。

「んー。じゃあ、そういうことにしちゃう?」
 悪戯っぽく片目を閉じる空良くんを見てほっと胸を撫で下ろす。彼の様子からすると婚約指輪ではないらしい。

「ただのプレゼントだろ」

 どこで話を聞いていたのかクロタキさんが病室に入ってきた。
 思わず胸が飛び跳ねる。

「立ち聞きなんて趣味悪いな」

「聞こえただけだ。古都さん、具合は?」
 私は苦笑いをこぼす。毎日同じ質問に同じ返答。

「大丈夫です」


 実際私の体調には何の異常もなかった。抜け落ちた記憶とほとんど視力を失われた右目を除いては。

「何か思い出したことは?」
 私が首を横に振るとクロタキさんは無表情のまま一度頷いて椅子に腰かけた。
「ごめんなさい。クロタキさん」


 表情には出さないけれどすごく落ち込んでいるのが手にとるようにわかる。
「いや、いいんだ」
「そうだよ。無理に思い出すことなんてないからね。古都」


 何故か空良くんは私に記憶を取り戻してほしくないみたいだ。恋人ならふたりの時間が急に失われたとなると嘆くのが普通だと思っていたけれど、空良くんは逆だった。むしろクロタキさんにほうが記憶を取り戻してほしいみたいに見える。



 私自身は思い出したいと思っているのだろうか……。

 1年と半年の記憶がいっぺんに知るのは少し怖い気もする。けれど、今までいろんな怖いことも悲しいことも不幸をぎゅっと固めたような時間を過ごしてきた。

 大切な人は皆私の前から姿を消して、もう二度とこの世にいる限り会えなくなってしまったし、父の死でドイツの大学を中退することになった。

 勉強は小さい頃から嫌いじゃなかったし、日本の高校にいるときは全国模試の順位で一桁を取ったことだってあった。それだけにもう勉強ができないというのは私にとって結構なダメージだった。それでも、そんなこと言っていられる状況じゃなかった。


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