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変人を好きになりました

第3章 入居者

 なるべく動揺を悟られないように努めると勝手に不自然なほど明るい声が出た。

「ああ、そうしてくれるとありがたい。今日はここで食べよう」
 人のことを観察して推理をするのが癖なのに、どうして変な所は鈍感なんだろう。
 それとも、鈍感な演技をしているの?
「珍しいですね」
 黒滝さんはもうすでに椅子に腰かけ、長い脚を組んで、肘をテーブルに立てて皿が運ばれてくるのを待っている。

 伸び放題の前髪を大胆に横にながして、綺麗な額と目がすっきりして見える。彼にとってはただ邪魔だから髪を適当になでつけただけなのだろうけど、黒滝さんがするとヘアカタログのモデルのようになる。

 やっぱり憎らしい。

 計算された髪型の空良さんは黒滝さんの向かいに腰かけた。


「いつも通り、部屋で食べればいいのに」
 空良さんの声が低くそう言うと黒滝さんは歪んだ笑顔を浮かべた。
 これは意地の悪い笑みだ。

「僕の自由だ」
 確かにそうだ。気まぐれな人。
「はい。ありあわせのもので申し訳ないんですが」
 ふたりが待つテーブルへ食事を並べる。
 小さな定食屋にでもなった気分だ。



「うわっ。すごい美味しい!」
 空良さんが一口食べる毎に飛び上がらんばかりの歓声を口にする。
「本当ですか? 嬉しい」
「こんなご飯が毎日食べられるんなら、俺なんでもできるよ」
 目をキラキラさせて私をまっすぐに見つめる。
 私はこっそり横目でいつも通り黙々と食事をする黒滝さんを見たけれど、目の前にある大根とイカの煮つけのことしか考えていないようだったので目を逸らした。

「そんなに言ってもらえると作った甲斐がありました」
「いいなあ。俺もここに住みたいなあ。部屋は空いてるの?」
 空良さんは冗談なのか本気なのかよく分からない。
 しかし、部屋はぞんぶんに空いている。埋めなくても生活に支障はきたさないと思って今まで放っておいてきたけれど、入ってくれる人がいるならぜひとも入っていただきたい。


 それにこれ以上、黒滝さんと二人きりになると、本当にもう戻れない所まで彼を想ってしまいそうで怖い。

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