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変人を好きになりました

第3章 入居者

「じゃあ、一部屋貸していただけませんか?」

 空良さんが本当に嬉しそうに小さくガッツポーズをしながら言った。
「えっ。もちろんですよ。というより、空良さんまだお部屋も見てないのに決めちゃっていいんですか?」
「こんな美味しいものが食べられるなら、どんな所だっていいよ」

 黒滝さんは聞こえていないかのように無視。
 私はあまりの即決ぶりに唖然としつつも、部屋が埋まることに喜び、そしてなぜだか少し悲しみ、空良さんの言葉に曖昧に頷いていた。

 空良さんはそれからどんどんと引っ越しの話を進めていって、もう明日には荷物を運んでくることになった。
 嵐のように空良さんが帰り、残された私と黒滝さんはしばらくの間二人で応接間のソファに座り、食後の紅茶を啜っていた。

「賑やかになりそうですね」
「うん」
「空良さんとはどういったお知り合いなんですか?」
「大学が同じだ。それと研究所の同期。彼の専門は天文学だったけれど、目立っていたから知っている」
 由佳が空良さんのことについてそんなことを言っていたっけ。
「あの」

 空良さんがこの家の住人になることをどう思ってるのか。そう聞きたいけれど、『別に』なんて言われそうで口が止まった。

「何?」
 黒滝さんは砂糖を二ついれたカップの中の琥珀色の液体をスプーンでかき混ぜている。

「あの……あっ。どうして空良さんが最近食事してないとか香水もらったとか、それに論文に自信がないとか分かったんですか?」

 変な距離を置いて座っていた黒滝さんが体の向きを変えて私のほうを向いた。

「簡単だ。僕が彼と最後に会ったのは半年近く前だけど、その時から彼は3キロほど痩せている。彼の髪からはシャンプーの香りがして、2種類の香水の香りも混じっていた。シャワーを浴びた後にある香水をつけて、気に入らなかったからいつも使っているものに付け替えたんだろう。耳の裏につけたのをティッシュか何かでこすったような赤い跡があったからね。薄ら目の下に隈もできていて、右手の小指の側面が黒く汚れていた。十分な睡眠がとれていない証拠と、それからシャワーを浴びてからすぐになにか文字を書いたり消したりしていた証拠だ。あとは、新聞や雑誌で彼の活躍を知っていたから推測をした。それだけだ」

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