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変人を好きになりました

第20章 思い違いの脱走

「騒がしいでしょう」
 言いながらも宿谷さんはすごく嬉しそうに挨拶をしてくる社員たちに笑顔で応えていた。


 なんか、すごい。
 ここにいれば私もこんな風になれるのかな、なんて思ってしまう。
 それと同時にこんな所で雇ってもらえるなんて嬉しいやら怖いのやら分からなくなった。



「ここが社長室です」

 辿り着いた場所は会社の最上階。窓から地面を見下ろすとさっきまで見上げていた街路樹が本当に小さく見えて驚いた。

「基本的にうちの会社の規則はないんです。あるとしたら、全力で自由に行動する。です」

 かっこよすぎる。
 この社長と会社。その存在の意味が頷ける。

「あの、社長。敬語はその……やめていただけませんか? こんな素敵な所で雇ってもらえるうえにそんなに丁寧に接されたらどうしていいか」

 さっきから違和感を感じていた。会社にきてから私のことを日向さんと苗字で呼ぶのに、敬語は継続している。
 社長あというのにさっき会ったばかりだということを踏まえたって年下で一介のアルバイトに社長が敬語を使うなんてありえない。

 社長はきょとんとして私を見た。
 それから、がっしりした指で頭を掻いた。


「それは……」
「お願いします。ほかの社員の方には親しく話されていたじゃないですか」
「そう言われても日向さんは……その」

 煮え切らない返事に私は首を傾げた。

 広い社長室を見回す。小さな家みたいだと思った。
 堅苦しい校長室みたいなものを想像していたから、机がひとつとソファ、テーブル、奥にあるキッチンを見る限り私の想像力は相当貧しいみたいだ。


「分かったよ。日向さんがそう望むなら」

 社長はあきらめたように笑った。無駄なものが一切ついていない頬が緩んだ。なんか見覚えのある顔だ。

「よろしくお願いします」
 下げていた顔を上げてひらめいた。
 よくスーツの広告に載ってるモデルさんにいそうな人なのだ。クロタキさんとも空良くんとも違う雰囲気の男性。
 生まれてこのかた男性とは縁遠かった私にとっては社長が違う生物みたいに思える。

「堅苦しいのは本当に苦手なんだ。ああ、それより海外からの仕事が中心だから昼夜問わず秘書として働いてもらうことになる。だから、私が用意する部屋で寝泊まりしてほしい」
 社長の喋り方が柔らかくなってなんだかこっちが余計に緊張してしまう。

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