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変人を好きになりました

第20章 思い違いの脱走

 張り切ってみたはいいものの、社長に手渡された資料、メールをドイツ語から日本語へなおし、さらにメールの代筆。ドイツからかかってくる電話対応を一挙に任されなかなか大変だった。

 ドイツ語はできるけれど、ビジネスの場特有の隠語や専門用語なんかがすぐに変換できなくて聞きなおすこともしばしばあって迷惑をかけてしまった。
 それでも、私に任している仕事は重要文書ではなく一般の対応のみだと思う。懸命な判断で抜かりがない。今日知り合ったばかりの私に任せる仕事にふさわしいものだけを社長は的確に指示してくれた。



 メールを打ち終わり、社長に確認をとってから送信ボタンを押す。送信完了の四文字が表示されると解放感から両腕をぐーっと伸ばした。

「お疲れ様。助かったよ」
「いえ。たくさんご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。これからもご迷惑おかけすることもあると思いますが、精一杯頑張りますので。改めてよろしくお願いします」

 社長は山積みになっていた書類に目を走らせながら微笑んだ。さっきまで社長椅子に座った社長の頭が見えなくなるくらい積み上げられていた紙の束が今はもうあと2,3枚になっていて驚く。

「私ももう終わるから、少し待っていて」

 私は短く返事をして、テーブルを片付けているといつの間にか社長もソファへ来て手伝ってくれていた。

「大丈夫です。社長はお仕事を……」
 と言って社長の机を見るとものの見事にさっぱり片付いていてさらに驚いた。


 なんて仕事が早いんだろう。若くして社長になるにはやっぱりこれだけ完璧な要素を兼ね備えた人でなければいけないんだろうな。

 社長は私より早くテーブルを片付けあげた。私は自分で行動が人より遅いと思ったことはなかったけれど、社長といると自分がとんだのろまな亀に思えてならない。
 亀とうさぎ。というよりは亀と新幹線くらいの差があろう私と社長。



「日向さん、こういう仕事は初めて?」
「はい」

 会社を出て徒歩でキラキラしたビル街を歩く。背の高いモデルみたいな社長が隣りにいるとなんだか心臓が縮み上がりそうだ。

「それにしては手慣れた様子だったね」
「とんでもない」
「謙遜が過ぎるよ。……ついた。ここが私のマンションだ」

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