無料で楽しめるちょっと大人のケータイ小説

　黒滝さんは早口で面倒くさそうに述べると、首を傾げてみせた。

「満足？」

「でも、香水をもらったって。どうして分かったんです？」
　意地の悪い笑みを口元に張り付けて黒滝さんは立ち上がった。
　随分上空から見下ろされている気分になる。

「あの香水は最近フランスで発売された主に女性がターゲットのブランド物だ」
「あっ。だから、フランス人の女性だと思ったんですね？　


　そう言い終わると同時に黒滝さんの携帯が鳴った。
　プルプルプルと、機械的な音が部屋に響く。
　どうしてか、下腹部が痛んだ。嫌な予感がする……。
　黒滝さんは細長い指で携帯の画面に触れて、相手の名前を確認すると立ち上がった。
「失礼」
　そう言って二階に上がっていった。
　仕事の電話かな……。
　依頼が終わったばかりだというのに、政府からすれば黒滝さんはただの駒に過ぎないのかもしれない。
　彼を酷使しても何も心に感じるものはないのだろうか。
　私にとっては…………。


「古都さん、出かけてくる。今日は帰らないかもしれないから、明日の朝食は要らない」

「えっ」

　黒滝さんが夜に出かけるなんてほとんどしなかったのに、どうしたのだろう。
「お仕事ですか？」
「そんな感じだ。行ってくる」

　黒滝さんは脚が長いからあっと言う間に玄関を出てしまっていた。
　私はいってらっしゃいも言えずにただ消えた背中を思い浮かべて玄関で突っ立つことしかできない。


「いってらっしゃい……」
　呟いてみても、一人のこの家では返事をする人もいなくて、余計に寂しく惨めになってしまった。