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変人を好きになりました

第20章 思い違いの脱走

「宿谷さんは私の右目のことも聞かないんですね」

 大きくない白いダイニングテーブルの向かい側にゆっくりと腰を下した宿谷さんは「どうぞ」と言って食事をするように勧めた。

「古都さんさえよければその右目の治療に協力させてもらいたい。さっきも言ったけど、その怪我は俺の知り合いが関係している」

「関係してるって言われても……。私、詳しいことは誰にも聞かされてないんです。正直、聞きたいとも思いません。誰かのこと恨んでしまいそうですから。だから、不慮の事故だと思うことにしてるんです。知り合いが関係してるからって私の治療に協力したいなんて言われたら宿谷さんのお知り合いのせいかもなんて疑ってしまいますよ」

 真剣に話し始めたが、どうにも辛気臭くなって嫌だったので最後は笑い飛ばすように言う。

 宿谷さんは苦虫を噛み潰したみたいな顔をした。
 彼が何を言いたいか探ってしまう前にまた口を開く。

「それに、この目はもう回復は望めません。悪化が止まるのを待ってるだけの状態です。悪化が止まればそこから治療ができるかもしれないんで、そんなに悲観してるわけじゃありませんし」

「もう一度、診てもらうわけにはいかないか」
「だから」
 宿谷さんが真剣な目をして私を見据える。

「できることがあるかもしれない。将来有望な秘書の目を守るためなら会社としても何とかしたい」

 会社のため、か。今日一日しか働いていないけれど宿谷社長の会社がどれだけ素敵な所か、良い人たちの集まりか分かってしまった。
 首を横になんて振れない。

 私は押し切られるようにうなずいてしまった。

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