テキストサイズ

変人を好きになりました

第21章 初恋の相手

「だからって付き添いまで……」
「なにか言ったかな?」

 病院から出て宿谷さんの車に乗り込む。真っ黒なBMWの乗り心地は良くて、さらにさっき医者に言われた嬉しい言葉と相まって口が軽くなってしまった。

「なんでもありません。それより、本当にありがとうございました」
「いや。本当に良かった」

 視力の回復は見込める。さらにもうすぐで悪化も止まるだとうとのことだ。悪化が止まればただちに視力回復のための治療に入る。そうすれば本来の視力を取り戻すことのできる可能性も低くはないと言われた。
 ただ、日本ではまだ認可されていない治療だからどうしても治療費が……。

「でも、私はあんな」
 提示された資料の値段を見て言葉を失った。ゼロを3回ほど数えなおして今まで目にしたこともない額に笑いが込み上げてきた。

「だからね。それは俺が持つって言ってるじゃないか」
 運転席でハンドルを握る宿谷さんはこともなげに言うが、あんな額を出してもらうなんて……。

 私が秘書として立派になったとしてもあんな利益は生み出せると思えない。この人は何を考えているんだろう。突然現れて私を秘書にして、さらに治療費まで出そうとするなんて。

「それはいくらなんでも申し訳ないです」
「じゃあ、何かな。治療をしないとでも言うのかい?」

 横眼でちらりと私を見やってすぐに視線を前に戻す。半袖のシャツから出た腕の筋肉がすらりと伸びている。
 休みの日の宿谷さんは髪をきっちりとセットしていないから、なんだかいつもより優しく見える。

「治療はしたいですけど」
「俺もしてほしい。じゃあ、分かった。出世払いでどうかな」
「あんな金額何年働いても返せませんよ!」
 宿谷さんがははっと軽く笑った。冗談だと思われたらしかった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ