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変人を好きになりました

第21章 初恋の相手

「大丈夫ですよ。今日、お医者さんに見てもらったら悪化が進んだ後に治療ができるって」
「治療?」

「網膜移植をして視力回復を図るんだ」
 パスタが盛られた皿を運びながら宿谷さんが入ってきた。

「網膜移植? 古都さんの網膜構造にそんな手術は負担が大きすぎる」
 私の目を見たまま言う。私を見てるんじゃない。私の目という物体を見ているだけだ。

「まだ認可されていない治療法なら可能なんだ」

 明るい宿谷さんの声にクロタキさんは顔をしかめた。間近で見るクロタキさんの表情の変化は見ていて面白い。圧倒的美を誇る造形は形をどのように変えようとも美しいことを主張してくる。

「色はどうなる」
 色。そういえば、お医者さんは瞳の色については何も言っていなかったっけ。

 宿谷さんが目を伏せた。
「どうしようもないと? そうでしょうね。傷ついた網膜は治せても変化した細胞まではどうしようもない。蒼さん、古都さんの視力だけを戻してそれで償えると思うんですか?」

 償う? 宿谷さんが私にどうしてそんなことをする必要が?
 クロタキさんは宿谷さんに向き合った。私の入る隙間なんてないみたいに、二人は重い空気を吐き出す。

「思わないな」
「……」

 宿谷さんの瞳が私を数秒間捉えた。そしてまたすぐにクロタキさんを見つめる。

「償うことなんて不可能だ。起きてしまったことは仕方がない。何をしたって戻らないじゃないか。だから、俺は古都さんの今からに協力したいんだよ」
「……そんなこと、あなたがすることじゃない。それに、あなたじゃなくてもできます」

「そうかな。古都さんは家を自分から出たと言っていたんだ。すごく困ったような悲しいような顔をしていたけれど……柊一くんはそれでも古都さんに協力していたって言えるのかな?」


 クロタキさんと宿谷さんの言い争う声も『償う』意味について考える私の耳には入ってこない。
 何故償う?
 もしかして、宿谷さんが私の記憶喪失とこの右目のきっかけになった事故に関わっているの? それも、まさに加害者であるみたいな言い方。

 でも、さっき『あの女』って……。じゃあ、宿谷さんとその女の人が親密な関係にあるってこと? その女性が加害者? それなら……辻褄が合ってしまう。


 嫌だ。

 自分の物でないと願いたくなるような真っ黒な感情がお腹から湧き出てくるのを感じる。

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