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変人を好きになりました

第21章 初恋の相手

 何がって……。 
 この色の変わった視力もほとんど失いかけの右目? 違う。
 クロタキさんや空良くんと過ごしたらしい1年半の記憶が無くなったから? そんなんじゃない。
 きちんと考えてみるとどうして自分に憎しみが湧いて出てきたのか思い当たった。
 クロタキさんの足枷になってしまったことだ。
 私の怪我でクロタキさんの自由を奪っている。現に今だって……。

「古都さん、どうして家を出て行ったか説明してほしい」
 なんと答えよう。本当のことなんて言うとクロタキさんをもっと困らせることになる。
 どうして話そうか……。

「嘘ですよ」
「嘘?」
 意味が分からないといった様子でクロタキさんが繰り返した。宿谷さんは立ったまま片肘をキッチンテーブルに立てて私とクロタキさんを見ている。

「私、家を出ようなんて思ってなかったんです。でも、宿谷さんに会って……それで雇ってもらえることになって嬉しかったんです。えっと、あと……い、家には帰らないつもりだったなんて言ったのは宿谷さんに家に帰ったほうがいいとか、やっぱり自宅から仕事場に通ってもいいよなんて言われるのが嫌で思わず口からでまかせが……」
 クロタキさんは見極めるように眉間に皺を寄せながら私の顔をじっと観察していた。よほどトレーニングしている人でないと顔の筋肉は嘘をつけない。
 きっと見破られている……。
 ああ、こんなことになるのならトレーニングでもなんでもしとけばよかった。

「言いたいことはそれだけか」
 クロタキさんの呆れたような声に私はまずいと思い咄嗟に首を振った。
「それに、宿谷さん……私の初恋の人かもしれないんです」
 私、いま何を言ってるんだろう。止めたいのに口は勝手に動く。
「雰囲気とか条件もすごくぴったりで、たぶん宿谷さんだと思うんです。それに、今の宿谷さんだってすごくかっこよくて、こんな人と一緒に居られるなら嘘だってなんだって吐いちゃいます」

 テンパって喋っていたせいか声が情けなく小刻みに震えた。
 私が黙ると部屋の空気も止まったみたいにしんと静まり返った。
 クロタキさんの表情筋が一切の活動を停止した。目を見開いている様子はマネキンみたいで怖い。




「そうか」


 ようやく返ってきた反応はその三文字。小さく吐き出すように言うと、クロタキさんは床を見つめながら立ち上がった。

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