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変人を好きになりました

第21章 初恋の相手

 宿谷さんは頭を下げたまま動かない。
 里香さんはすごく素敵なお兄さんがいるんだ。良かった。
「本当ですか?」
「もちろんだよ」
「良かった」

 宿谷さんが顔を一度上げてからまた深く下げた。
「妹がとんでもないことをした。許してくれなんて言えないし、言おうとも思わない。だけど、俺にできることならなんでも言ってほしい。古都さんの力になりたい」
「謝らないで下さい。宿谷さんは何も悪くないです。里香さんだって、少し頭に血がのぼっただけで……その原因だって私が作ったんですよ」

「それは違う。僕が……」
 黒滝さんが割って入ってきた。顔を渋らせている。
 もう、誰も責めたりしたくない。
 負の感情は自分を醜く、疲れさせるだけだとイギリスにいる間に気が付いたから。

「悪くありません。誰も」
 そう言ってしまうとすごくすっきりした。
 目を丸くした黒滝さんと宿谷さんを無視した。
 記憶が戻った私はついさっきの私と違っていると自分でも分かる。もう受け身ではなくなった自分の成長が嬉しい。
 自分の成長を客観的に見ることができたのは記憶喪失のおかげかもしれない。

「宿谷さん、黒滝さんと二人にしていただいてもいいですか?」
 自分の髪の先から流れ落ちる滴がリビングのフローリングの床に小さな水たまりを作っているのが視界に入った。でも、そんなこと構っていられない。
 宿谷さんは私と黒滝さんを見やってから諦めたようにうなずいた。
「さっき雨の中あんなにふたりきりだったっていうのに、まだ時間が必要みたいだね」
 そう言って、優しい瞳のまま自室に消えて行った。

「古都さん。まだ謝っていなかった。本当に」
「やめてください。黒滝さんが謝ることじゃありません。それより、黒滝さん」

 黒滝さんの濡れたシャツの端を掴む。なんだか安心できて、質問をする勇気が出てきた。
「病室で話してくれた女の人の話って」
 途端に黒滝さんの顔が赤く染まった。こんな顔色の黒滝さんを見るのは初めて。たぶん、今まで見たことがある人はなかなかいないだろう。
 黒滝さんは赤くなった頬を隠すように俯いた。
「古都さんのことだ」

 シャツを握りしめる指先に力が入る。
「じゃ、じゃあ。里香さんと一緒にいたのも私を守るため……?」

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