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変人を好きになりました

第4章 変人の恋人

 空良さんは優しくて紳士な人だと思っていたのに、わざわざあんなこと言うなんて。

 また厄介な人を入居させることになったのかもしれない。

 思わず溜め息が出てきた。
 気を取り直して今日の夕飯は何にしようかと考えて歩いていると見覚えのある背中が見えた。


「黒滝さん?」
 いや。そんなはずがない。
 だって隣りには高いヒールを履いた女性が腕を組んでいるのだから。
 でも……あの後ろ姿は黒滝さんにそっくりだ。
 女性の方は楽しそうに時折笑いながら男性の方を向いて熱心に喋りかけているから横顔は見えるけれど、男性の方は全く見えない。
 それにしても綺麗な人。
 落ち着いた茶色の髪は丁寧に巻かれていて、口紅の色が引き立つような肌の色。完璧なプロポーションが白いコートの上からでも分かる。
 男性の方は全く黒滝さんと同じコート、スカーフを身に着けていた。
 唯一違うのは髪型。
 昨日の黒滝さんは伸ばし放題にしていたぼさぼさだったけれど、目の前を少し離れて歩いている男性の髪は綺麗に整えられている。
 まるで、髪を切りたての黒滝さんのよう。





「私、何してるんだろ」
 小さく呟いてみる。
 自分でも呆れる。
 でも、前を歩く男性の顔が見れるまで、と思いながらふたりの後をつけてしまっていた。
 華やかな繁華街の横にある路地を抜けた。
 そこはそこで華やかなネオンが輝いている。
 少し、下品な。私には縁のない場所だ。
 ふいにふたりの姿が視界から消えて、周囲を見回すとふたりが腕を組んだままお城のような建物に入っていくところだった。

 嘘……。

 その時に見えた横顔はまぎれもなく黒滝さんだった。

「古都さん」
 誰かが後ろから私を呼んだ。
 空良さんだ。
 振り向くこともできず、ぼんやりと立ったまま建物を見つめる。
 頭の中に小さな小人がいて、その小人がハンマーを持って暴れまわっているような、そんな頭痛が襲う。

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