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変人を好きになりました

第4章 変人の恋人

「荷物そんなに多くないから、古都さんの荷物持ちに行こうと思って後ろのほうから追いかけてたんだ」
 そういえば空良さんの荷物は望遠鏡とか持つのに苦労しそうな本くらいだった気がする。
 さっきから空良さんは私がどうして黒滝さんの後をつけてたのかと聞こうとしない。黒滝さんがホテルに入っていったのも見たはずなのに、それについて何か言ったりする様子もない。
 何か知っているということだろうか

「あー。お腹減ったなあ。おでんってすぐできるの? あ、牛筋は必須ね」
 私とは正反対にすごく呑気な空良さんを見ているとなんだか自分が馬鹿に思えて仕方がない。
「牛筋は煮込まなきゃいけないから、急いで帰らなきゃ」
「はーい」
 右手を急に高く挙げてそう言うもんだから、周りにいた主婦の視線が集まった。
 好奇の視線はすぐに女の視線となって空良さんに張り付く。
 空良さんは気にすることなく、牛筋どこーと呟きながらカートを押して回る。

「こっちも変な人だったのかも……」
「え? なに?」
 私は首を振った。



「ただいま」
 少しくたびれたような声と一緒に帰ってきた黒滝さんはおでんをつっつく私と空良さんを一瞬見やって、すぐに視線を逸らした。
「柊一、おかえり。おでん美味しいよ」
 そんなこと言いながら、空良さんはほとんど牛筋と玉子しか食べてない。
 子供だ。
「それは良かった」
 感情が一切籠っていない言葉を吐くと黒滝さんはさっさと階段を上って自分の部屋へ行ってしまった。
 いつもの「おかえり」さえも言えなかった。
 どうしていいか分からない。姿を見ただけで胃液が逆流してきそうな気分の悪さに襲われた。


「……柊一の仕事はさ、単純じゃないんだよ」
 独り言のように空良さんが呟いた。
 串を横に持ち、歯をすっと滑らせて肉を全て口の中にいれた。
「え?」
「柊一と一緒にいた女、お偉いさんの一人娘。俺に分かるのはそれくらい」

 あの綺麗な人のことか。
 仕事……。

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