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変人を好きになりました

第25章 日時を定めて

 というか、無理だ。
「無理だよ。せっかく仕事させてもらってるのに」
 空良くんの呑気なふへーという声を聞いて電話を切る。
 最近の空良くんはなんだか明るい気がする。これがもともとの空良くんなんだと思う。でも、時々とんでもなく楽観的なことを口にするのはどうかと思っていた。



「日向さん。ちょっといいかな」
 同僚とランチを終えて会社へ戻ると、社長がお気に入りのソファに腰掛けて周りの社員とわいわい話していた。呼び止められた私は素直に足を止める。
「海外出張。興味ない?」
「私が、ですか?」
「もちろん」

 爽やかすぎる笑顔で言われても何のことかさっぱり分からない。そもそも私は正社員にはなっていないのにそんな出張だなんて。
「3か月間、向こうの支社で調査してほしいことがあるんだ。資金繰りとか社員の様子をじかに見てもらって、その報告を聞きたくてね。語学堪能で動きやすい日向さんが適任だと思うんだけど。どうかな」
 周りにいた男性社員たちや私の隣りにいた同僚もうんうんと頷いていた。

「いいじゃな。古都ちゃん。3か月間海でゆっくり」
 うっとりとそう言いかけた美咲ちゃんは急いで止められた。
「三上さん!」
「な、なんでもないよ。古都ちゃん」
 いや。明らかに何かあるだろう。南の国なんて社長は一言もいっていないのに、どうして美咲ちゃんは分かったんだろう。この様子からすると皆何か知ってる? 
 私の抵抗もむなしく社長たちは強引に私の海外出張を決めてしまった。
 しかも2週間後だなんて、緊急にビザを手配しなくちゃ……と思い早速書類を掻き集める。もう、秘書の仕事どころではなくなって1日の大半をビザ取得のための準備に費やしてしまった。

 夕方に写真屋に駆け込み証明写真のデータをもらうと急いでマンションに帰った。
 汗でしめった身体をシャワーで洗い流し、服を着替えて時計に目をやるともう7時前だった。
 黒滝さんからもらったネックレスを首につけた所でインターフォンが鳴る。
 急いでマンションの下へ降りると白い車が止まっていた。その車に半身を預けるように立っていた男性が表情を緩める。


「こ、こんばんは」
 グレーのシャツに黒のパンツを履いた黒滝さんは恰好よくってつい声が上ずる。

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