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変人を好きになりました

第25章 日時を定めて

「あ、あの……ベッドは」
「気に入らないか? 古都さんの好きな天蓋付きだが」
「すごく素敵です! でも、黒滝さんと一緒に寝るってことですか」
「嫌か」
「まさか」

 黒滝さんが涼しい顔を少し崩して声のトーンを下げるのにドキリと心臓が跳ねた。
「いや……その、古都さん」
 黒滝さんが言い出しにくそうに口をまごつかせる。少し伸びてきた髪を乱暴に手でわさわさと乱して視線を泳がせている。黒滝さんらしくない。

「なんですか?」
「ん。何がしたい? 買い物か?」
 絶対にそんなこと聞こうとしていたんじゃないのに、黒滝さんは何食わぬ顔で続ける。
 私の仕事も土日は休みだから、今日と明日は何もすることがない。買い物か……。物欲が同じ年の女の子たちに比べて著しく低い私に買い物なんて提案されてもな……と頭を悩ます。

 手持ちぶたさになってかけている黒縁の眼鏡をつっつくと黒滝さんが私を申し訳ないような顔で見た。私の瞳の色は次々と色を変えて一定の色に留まろうとする気配がなかった。眼科医も少し驚くくらいに目まぐるしく変化を見せるこの瞳に私も宿谷さんも、それに黒滝さんも手の出しようがなくただ呆然としていたのだった。
 今の色は黒と緑がまじったような不思議な色。

 突然黒滝さんの手が伸びてきた。
「あっ」
 細長い神経質そうな指が私の眼鏡を器用に外すと、目と目を合わせる。黒滝さんの綺麗な顔がぼやける。
 視力の低下はあまり進んでいないとはいえ、眼鏡を外すと全く違う世界に来たように靄がかかる。
 黒滝さんの手が私のこめかみから顎にかけてのラインをゆっくりとなぞる。その手としっとりとした黒滝さんの視線が私を絡め取ってしまった。身動きがとれない。

「あの……」
 黒滝さんの手が悪戯に私の顔中をなぞるのにいたたまれなくなって数秒だか数分後にやっとの思いで声を出した。すると黒滝さんは我に返ったように手を止めると、大きく咳払いをして私から離れた。

「すまない。僕はおかしいみたいだ。ビーチに出ようか」
「待って」
 背を向けて部屋から出て行こうとする黒滝さんのシャツを引っ張る。
 この間みたいに抱きつけないのは勇気のない私に戻ってしまった証拠なのかなと思い、少しへこむ。
「黒滝さん。私……んっ」
 言いかけた私の唇に黒滝さんが人差し指を押し当てた。

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