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変人を好きになりました

第5章 世界一のクッキー

 その部屋にいた全員が息を呑んだ。
 怒りで頭が真っ白になった。
 言葉の意味を理解するのに数秒かかった。

 愛ちゃんは肌が弱くて右腕にアトピーの痕があった。もうまっしになって他の所には出ていないし、痒くないけれど、その白い肌に残る大きな痕は消すことができないと言われていた。


 愛ちゃんの瞳が潤む。
 私は咄嗟に愛ちゃんと里香さんの間に入って、手に力を入れた。
 でも、その手は空良さんの手に包み込まれて制された。

「こんな女に触れないで。子供たちもいる」
 静かに囁かれて、力を抜いて里香さんを見上げる。

「帰って下さい」
 極限までの怒りを我慢すると声は震えるのだと初めて分かった。
 愛ちゃんの両手はまだ里香さんに向かってクッキーを差し出したまま動かない。いや、少し動いている。小刻みに。


「私は柊一さんに呼ばれてきたの。管理人さんにとやかく言われる筋合いはないわ。あなた、柊一さんに気があるんでしょう。無駄なのに」
 巻き髪を指で弄びながら嘲笑うように言う。

 この人……何を言ってるのだろう。

「そんなことどうでもいいの!! とにかくここから出て行って」
 こんな人に構っていられない。

 私はしゃがみこむと愛ちゃんを抱きしめた。
 固まっていた愛ちゃんの手から音を立ててクッキーが落ちた。
 私の肩がどんどん濡れていく。こんなに静かに泣くなんて……。


 私が家に呼んだせいでこんなに傷つけることになってしまった。どうやっても取り返しがつかないし、許されることでもない。

「帰れよ」
 空良さんの冷たい声。
 他の子供たちも愛ちゃんに駆け寄って背中を撫でたり、一緒に抱きしめたりする。


「幸せなお嫁さんになる条件は一つ。優しい旦那さんと結婚することだ。肌の痕なんて気にするような男は優しくないし、そんな奴と結婚した所で幸せになるとは思えない。それは神様がくれた幸せになるためのお守りだ。悪い男がやってこないように、神様が守ってくれているんだ」

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