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変人を好きになりました

第5章 世界一のクッキー

「黒滝さん」


 大きく息を吐いてから、黒滝さんと向かい合う。背の高い黒滝さんをしっかりと見つめる。
「無理です。それが嫌なら、どうぞ。出て行って下さい」

 初めて黒滝さんにこんな冷たい言葉を吐き、冷たい視線を向けたかもしれない。
 珍しくたじろぐ黒滝さんの姿が目に入ったが、その反応を無視するように彼の前を通り過ぎて空良さんの部屋へ向かった。

 愛ちゃんは強い子だ。
 強いというのは弱いということでもあると思う。
 弱いから強くなれる。

 愛ちゃんはまだ小さいのにどこかのお偉いさんの一人娘なんかよりよっぽど人間が出来ている。
 あんな酷いことを言われたのに里香さんへの恨みひとつ言わず、涙のせいで赤くなった目をこすりながらも空良さんの星の話に聞き入っていた。

「神話と星はすごく関係してるんだよ。面白い?」

 子供たちは真っ暗な部屋の中に浮き出るプラネタリウムの星を感嘆の声をもらしながら見入っている。
「すっげー」
「綺麗っ」
「うんうん」
 美しいものをそのまま心の中に取り入れることができるこの子たち。
 どうか、さっきのような汚いものがこの子たちを汚したり、壊したり、臆病にさせたりしませんように。と人工の星に願ってみた。

 空良さんの星の話は私が聞いてもすごく面白くて、子供たちは夢中になって聞いていた。
 あっという間に時間が過ぎて、子供たちを送り出す。
 応接間にはもう黒滝さんたちの姿はなかった。
 ふたりでどこかに行ったのだろう。黒滝さんの靴も里香さんの靴もなかった。



「古都ねえ」
 帰り際に愛ちゃんが私の耳元で言った。
 もうすっかりいつもの明るい愛ちゃんに戻っている。
「この痕ね、初めて好きになったよ。あのお兄ちゃんにもういっかいありがとうって言っといて」

「愛ちゃん……。うん。わかった。お姉ちゃん、本当に愛ちゃんのこと大好きだよ」
 そう言うと愛ちゃんはぎゅうっとしがみつくように私に抱きついてから、離れた。
「愛も古都ねえだーーいすきっ。じゃあ、またね」
「またね。皆で気を付けて帰るのよ」
「はーい」
 夕日に子供たちの影が5つ。仲良く一緒に帰って行った。

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