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変人を好きになりました

第8章 元ストーカー

 あの黒滝さんが結婚なんてするはずない。頭より先に心がそう思い込ませようとしてくるからだ。
 今頃あの二人はなにしているのかな。
 結婚式はもうじきなのかな。
 気をゆるしてしまうと、黒滝さんの器用そうな細い指先で里香さんに触れている所を想像してしまって酷い吐き気と頭痛を起こす。それも不安になった時によく起きてしまうから耐えれたものじゃない。

 こんな苦しい想いしたいわけじゃないのに……苦しみから逃れるために、どうすればいいのか分からない。


 ふと思い浮かんだのは空良くんだった。
 彼の腕の中に納まってしまえば私はもう何も見ないでいいのかもしれない。空良くんの胸に顔をうずめていれば黒滝さんと里香さんの姿を目にすることもないかもしれない。


「古都、溜め息ばっかりついてちゃだめだよ」
「空良くん……」
 声のするほうに顔を向けると空良くんが私のほうを穏やかな表情で見ていた。
 空良くんは自分の髪の毛を右手でくしゃくしゃに乱してからふっくらした唇を尖らせ、首を傾げた。
「古都」
 名前を呼ばれる。
「はい」
「街に出ようか」
「うんっ」
 閉じこもっていた私にとってその言葉はなによりも魅力的に聞こえた。




「わあ……」

 ロンドンの街を空良くんに連れられて歩くと感嘆の声しか出せなくなった。
 宮殿や教会もさることながら、石畳の道ですら言葉ではなんとも形容しがたい独特の雰囲気と魅力が一気に私に押し寄せてきた。
 さっきまでじめっとした感情が体を支配していたなんて信じられないくらい、ロンドンの街並みは美しかった。

「気に入った?」
「うんっ」

 空良くんはよかったと呟いた。
 興奮で身体が温まってきたとはいうもののロンドンを長時間歩きづつけていると身体の芯から冷えてきてしまい、私たちはいったんカフェで休むことにした。
 運ばれてきたカフェモカとホットチョコレートのマグカップをふたりで抱きしめながら笑い合った。

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