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変人を好きになりました

第9章 たまご粥

「私のことは心配なさらず。どうぞ、行って下さい」


 頭を深々と下げて車に乗り込んだマネージャーと車はあっと言う間に視界から消えてしまった。

「空良くん、ご飯はシェフに栄養のあるもの作ってもらってね。ごめんね」
 体調の悪い空良くんに食事を待ってもらうことも忍びなく私はシェフに連絡して、昼ごはんに身体に優しいものを頼んでおいた。
 相手もプロの料理人。食事をする相手の体調に合わせてきっといいものを作ってくれる。

 イギリスに来てから一人きりの自由を初めて手にいれてしまった。
 でも、空良くんが待ってるから早く帰らなければ……


 ひとりで歩くロンドンはあまりに寒くて、行きかう人々も足早に去っていく。それぞれの人になにか明確な目的地と目標があって足が動いているのを見ると、改めて自分の存在について疑問が湧いてきた。

 司書として働いていた私にはまだ生きがいがあった。
 利用者の方が探している本を見つることが唯一の生きがいだった。
 今はその仕事をすることができなくなって、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
 耳にはいってくるイギリスの英語はどこか冷たく、今の私を余計に不安にさせた。



「古都さんですか?」

 突然声をかけられたかと思うと一気に私の周りへ人が集まってきた。
 私よりもはるかに背の高い肌が真っ白な人たちに囲まれる。
「本物ねっ。空良の婚約者よ」
 あの会見を見た人たちは結構いたんだ。
 人だかりで身動きできないし、私は空良くんとのことをあまり口にするわけにはいかない。
 空良くんが今まで私を守ってくれていたのだと実感した。
「空良との結婚はいつごろ? 今日は空良は?」
「結婚したら日本に住むの?」

 悪意の全く籠っていない質問に感心しつつも、私は逃げようと足踏みをする。

「申し訳ない。道を空けて下さい」
 隣りから聞こえてきた綺麗な英語。

 そうか。ボディガードさんがいたんだった。

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