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変人を好きになりました

第10章 人魚姫

「私、さっきね」

「いいよ。こうやって僕の隣りに戻ってきてくれただけで嬉しいから」


 にこっと人懐っこい笑顔で諭すように言われた。
 黒滝さんのように推理したり観察をするわけでもないけれど、空良くんは勘がすごくいい。何か気付いているのだろう。
 手にしている木製のスプーンの柄から滑らかで温かい木の感触が伝わってくる。

「それに古都だって、柊一にもう振り回されたくないだろ? 見ててこっちが辛かった。恋人がいるのに古都を抱きしめたり嫉妬したり。俺だったら古都だけを見るよ。辛い思いなんて絶対にさせない」

 茶色い瞳が潤んだままで私を見据えている。その瞳に吸い込まれそうになりながら私は頷いていた。

「空良くんはどうして私にそんなに優しくしてくれるの?」
 ずっと気になっていた。どうして私なのか。他にはもっと美人で頭がよくてお金を持っている女性たちが空良くんの周りにはいっぱいいるのに。

 空良くんは優しく微笑んで口を開いた。
「最初、古都を見たのは児童書の所で子供たちに読み聞かせをしてる時だったんだ。透き通った綺麗な声が聞こえて気になって足が動いた。朗読している人を見たら、小さくて幼い学生みたいな女の人で驚いたけど、その人が子供たちに一生懸命音読をしてあげてる姿に一目ぼれしちゃった」
 息を吐き出すと同時に笑ってしまった。
「笑うなんて酷いなあ。古都の好きなところならいくらだって書き出せるよ」
「やめてください」
 そんなの書かれたら、私は恥ずかしすぎて蒸発して空気になってしまいそうだ。
 空良くんは舌を出してから、思い出したように口を開いた。

「ほら、卵粥全部食べさせてよ」
「はいはい」
 空良くんがゆっくり顎を動かして液体状になったごはんを歯ですりつぶしては、喉をならして呑み込む。この動作を何度か繰り返すとお皿は空っぽになった。
 いつもよりも全ての動作が遅いところを見るとまだ体が言うことを聞かないくらい辛いらしい。


「古都、人魚姫読んでよ」
「え、人魚姫? どうして人魚姫がいいの?」
 そう聞くと空良くんはあろうことか布団の中から一冊の小さく薄い絵本を取り出した。
「好きだから。お願い」
 なんともすっりきした回答だ。私はその絵本を手に取るとページを捲った。

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