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変人を好きになりました

第10章 人魚姫

 カラフルな絵と短く明快な文書が現れる。ページの角が擦り切れているのに本の表紙や中身自体は全く汚れていないとこから見ると、相当大切に扱われてきたらしい。それも長年。

 あるところに人魚のお姫様がいました。

 その言葉から始まるお話は美しい人魚姫が王子の傍にいるために可憐な声を失い、姫という地位も失う。それでも王子は人魚姫に気を向けることなく隣国の姫君と結婚してしまい、人魚姫は海の藻屑となってしまう。
 こんな切ないお話を子供向けに書いたアンデルセンは自身の恋愛に纏わる深い悲しみから人魚姫を生み出したとも言われている。

 それにしても、なにも子供にこんな切ない現実味を帯びた話をしなくても……と思っていたが、このお話を好きだという空良くんにもなにか深い理由があるみたいで聞くのを躊躇ってしまう。



 そうして、人魚姫は天の神様がいる場所の精となりました。おしまい。



 私が読み終わると空良くんは瞼を上げて天井を見上げた。見上げたと言っても仰向けに寝ている空良くんだから、目を開けると自然とそういうことになったと言うほうが正しいのだろうか。

「人魚姫は幸せだったのかな」
 ぽつりと呟く声はあまりにも小さくて、私に聞いているのか独り言かとソワソワしてしまう。


「古都」
「なに?」
 空良くんが首をひねって私を見た。
「俺と古都は恋人だよね」
 こいびと。
 その響きに私はぎょっとした。でも、そうか。私が言ったことじゃないか。
 責任をとるってことは恋人になるってことだ。
「……うん」
 私が答えると空良くんはにこっと笑った。屈託のない笑顔が眩しく私を傷つけた。
「じゃあ、俺の我儘きいて」
「我儘?」
「うん。簡単なことだから、よく聞いて」
 そこで一呼吸を置いてからまた喋り始める。

「俺意外の男とふたりきりになるのは禁止。俺とできる限り一緒にいること。柊一にはもう近づかないこと」
 これが束縛というものだろうか。

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