
変人を好きになりました
第10章 人魚姫
「村井くん。久しぶりだな。頑張ってるみたいでなりよりだよ」
目尻の下がった60代と見られる男性は圧倒的な貫禄を周りに与えながらも優しい視線を空良くんに送った。空良くんは飛びつくようにしてその男性のほうへ近寄ると嬉しそうに口早に最近の様子を話し出した。
空良くんについてこういうパーティーに来るのは初めてで、勝手がよく分からない。そもそも自分の位置を自分がよくわきまえていないから、どう振る舞うべきなのか途方に暮れてしまう。
空良くんの話をまるで自分のことのように嬉しそうに聞いていた男性がふと私に目をやった。一見鋭そうな目つきなのに、そこから送られてくる視線は太陽の光のように温かい。
「そちらのお嬢さんはもしかすると村井くんの奥様かな?」
口元に笑みをたたえてそう言い放った時、空良くんと私はおそらく同時にどきりとした。
ふたりで目を見合わせて笑い出してしまう。
「おや。はずれかな? すると恋人ってところかな」
「紹介します。彼女は日向古都さん。恋人です。古都、こちら岡健二さん。俺の恩師ってとこかな」
そう言う空良くんはすごく幸せそうだ。岡さんは空良くんにとってすごく大切な人らしいことがその言葉に含まれた気持ちから伝わってきた。
「初めまして。日向古都と言います」
岡さんに手を差し出すと朗らかにそれに応えてくれた。
「村井くんがお世話になっているようだね。彼は良い人間だ。それは私が保証するよ」
顔を近づけて真剣に言った後、おどけるように笑って両手をひらひらと振った。その様が岡さんにすごく似合っていて、彼が日本育ちでないことが見て取れた。
「それはもう十分すぎるほど」
一瞬にして好意が持てる人とはこういう人のことを言うのだろう。岡さんは私の言葉に嬉しそうに笑って何度か頷いた。
「そうかそうか。そうだろうね」
そこで眼鏡をかけた若い男性が空良くんの隣りに来た。
岡さんと私は軽く挨拶をした。岡さんが意味ありげにゆっくり頷いて見せると空良くんとその男性はどこかへ歩いていった。
「村井くんはすっかり人気者だ」
嬉しそうに顎を撫でながら手にしているグラスに口をつけたる。私は「そうですね」と口にしてみた。
