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変人を好きになりました

第10章 人魚姫

 それからふっと軽く微笑んだ岡さんを見てこっそり胸をなでおろした。

「よかった。では、失礼するよ」

 私が頭を下げて岡さんが通り過ぎて行った。
 周りの人たちの楽しい談笑の声やウエイターの運ぶグラスどうしが時折鳴らす音が随分遠くに感じる。
 落ち着いてきた心臓が再び激しく活動し始めた。
 初老とは思えないほど軽い足取りで去って行った岡さんが私とすれ違うときに耳元で低く囁いた。


『自分を犠牲にしてはいけないよ』


 どういう意味で言ったのだろう。
 しばらくぼけっと突っ立っていた私は空良くんが帰ってくるまでその言葉の意味を考えていた。




 パーティが終わって、ひんやりとした古城の部屋に戻りドレスを脱ごうとしている時だった。
 お手伝いの女性が数名部屋にいて私の身に着けていた装飾品を慎重に片付けようとしていた。
「ああ、俺が手伝うから皆今日はもう休んでいいよ」
 ノックもなしに空良くんが衣装部屋に入ってくるのは珍しい。
 お手伝いさんたちは動揺することもなく静かに頭を下げるとさっさと部屋から撤退していった。さすが、こういう所で働く人たちはどんな場面にも慣れているのだろう。


「空良くん、どうした……のっ」

 言い終わる前に真顔の空良くんが私を正面からぎゅうっと抱きしめた。
 意外と男らしい肩幅があって感心してしまう。そんな冷静なことを考えながらも私の胸は空良くんの激しい心臓の音と協調していく。

「……古都っ」

 切羽詰まったその声が私の身体をさらに締め上げる。空良くんの切な気持ちが伝わってくるようで辛い。
「どうしたの?」
 私は精一杯の心の余裕を絞り切って空良くんの背中に手を回して、ぎこちない手つきで撫でた。


「好きだ」


 そんなこと……言われなくても行動だけで分かる。どうしてだろうと強く疑問に感じるくらい空良くんは激しく静かに私を求めている。

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