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変人を好きになりました

第2章 天文学者

 すごい名前だ。それでもって天文学に興味があるらしいからつくづく名前というものの影響力を感じる。
「素敵なお名前ですね」
「いえ、そんな」
 と会話している私たちの周りには誰もおらず、辺りは静寂に包まれている。
 本に囲まれた空間で、ふたりしてしゃがみこみながら棚越しに相手と会話をするなんて、なんて不思議な光景だろう。

「古代の天文学についての一次資料が載っている本を探してるんですけど……」
「ああ、それならこちらですよ。ご案内しますね」
 私は立ち上がって彼の所へ向かった。




「ありがとうございます。おかげでいいレポートが書けそうです」
 空良さんは可愛い笑顔を浮かべて私に手を差し出した。
「いえ、お役に立てて良かったです」
 そう言い、握手をする。こうやって感謝をされる時が本当に幸せだとつくづく思う。

「では、また」
「はい」
 私は空良さんを見送って、ぼんやりと彼の後ろ姿を眺めた。
 空良さんの明るい髪の色が夕日とよく調和していた。

「なに、古都もしかして惚れちゃった?」
 突然後ろからハスキーな声がして振り返ると由佳が口元を緩めて腕を組んでこちらを見ていた。
「全然」
「ふうん。残念。でも、村井空良って言えば世界でも有名な天文学者よ。国際機関でも日本政府にも重宝されてるらしいし、顔もいいし。あんな人と結婚できれば豪邸に住めるんじゃない?」

 村井空良、彼の名前を聞いて思い出した。
 時々テレビや雑誌でイケメン天文学者として取り上げられている。確か、本も出していたような。
「そうね。あんな人を好きになって、好きになられたら幸せだろうね」
 ぼさぼさの黒髪の頭を掻きむしり、一心不乱に顕微鏡を覗きこむ丸まった背中が目に浮かんだ途端胸から首元にかけて甘い痛みが走り抜けた。

 なんで、あんな不恰好な姿が愛しいと感じてしまうのだろう。

「古都、もしかして恋してる?」
「へっ」
 恋という単語に心臓が飛び跳ねた。
 私の反応を見て由佳がますます面白がるようにこちらに詰め寄ってきた。
 その時、カウンターからベテランさんの鋭い視線を感じて私たちはどちらからともなく離れた。


「あとで教えなさいよ」
 由佳の口がそう動くのを見て私は頬を膨らませて見せた。

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