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変人を好きになりました

第2章 天文学者

 冷え切った空気をかき分けて進むように、私は白い息を吐き出しながら帰り道を歩く。
 飲み屋の灯りは柔らかく、ショップのウィンドウは華やかに輝いている。


 そういえば、黒滝さんと外を一緒に歩いたことがないな……。
 当たり前か。


 何を考えてるんだろう。下宿人の世話はするけれど、外を一緒にあるく理由なんてない。
 友達でもなければ恋人でもないんだから……。
 ただのお世話係。そう黒滝さんは思っているだろう。


「あれ。古都さん?」
 気付くと目の前に空良さんがいた。
「わっ」
「そんなびっくりされると落ち込むなあ。さっきはありがとうございました。あの、よければこれからお茶でもどうですか?」
 空良さんの小さめのピアスが街の光を受けて輝いた。
 子犬のような潤んだ瞳に見つめられて一瞬頷きかけた。

「ごめんなさい。私、夕飯を作ってあげなくちゃいけないんです」
 空良さんの顔が一気に曇った。
「あ……。彼氏さんに、ですか?」
「いえいえ。私、管理人なんです。今は一人に部屋を貸してて、その人にです」
「へえ。そうだったんですか。その方は幸せ者ですね」
 羨ましいです、と付け加えながら空良さんははにかんだ。

「そんなことないですよ。私の料理なんてたいしたことありませんから」
「でも、手作りのご飯が食べれるだけで幸せですよ。俺なんて最近ずっと外食ですから」
 空良さんの大きくない身体と華奢な手首を見る限りでは、栄養が足りているようには思えない。

「よかったら、夕食一緒にどうですか? 私の手作りでよければ、ですけど」
 空良さんのワックスで無造作にセットされた茶色い髪がふわりと揺れた。
「いいんですかっ!?」


「もちろん」
 そう答えると空良さんは飛びつかんばかりの勢いで私の手を握るとぶんぶん縦に振りまわした。

「遠慮なく呼ばれますっ」

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