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変人を好きになりました

第13章 見えた光と

 勝ち誇った笑みを私に向ける里香さんから今、目を離すわけにはいかない。 
 文字通り腹を抱えて笑っている黒滝さんはようやく口を開いた。


「誓わない。僕は宿谷里香さんを少しも愛してなんかいない」

 突然に止んだ笑い声と黒滝さんの朗らかな発言に風もが止まったようにしんとした空気が式場がある森を支配した。

 私だって黒滝さんの言葉の意味を理解するのに数秒間要した。
 誓わない。愛してなんかいない。
 愛してなんかない。
 愛してない。少しも。誰を。宿谷さん。宿谷里香さん。宿谷里香さんを黒滝さんは愛していない、少しも。


 黒滝さんの言葉に嘘なんて微塵も入っていないことは彼の目を見れば分かった。


 黒滝さんの言葉が不謹慎にも嬉しくて堪らない。
 里香さんは途端に怒りで顔を真っ赤にした。その怒りがこちらに向いたことに私はすぐに分かった。

 黒滝さんはまたいつもの涼しい顔に戻っていたけれど、口元には笑みがある。ふたりの間に立っている神父さんだけが我は傍観者だと言わんばかりの穏やかな表情をしている。

「柊一さん、お父様が知ったらどうなるか分かってるの?」
 癇癪を起したようなその悲鳴に近い声に黒滝さんは軽く耳を塞ぐジェスチャーをした。
「どうかな。君のしたことが公になってもいいのなら」

 うんざりとした様子で、しかしぴしゃりと言い放つ黒滝さんに一瞬里香さんは怯んだように見えた。黒滝さんは目的地に到着した電車から降りるようにすがすがしくステージを後にする。


 黒滝さんの瞳が私を捉えた。それに気づいたように私たちの間にいた人たちが自然と道をあけるものだから、視界が開けて黒滝さんの姿がはっきりと見えた。
 遮るものがなにひとつなく降り注ぐ太陽の光がタキシードを着た美しい彼を照らす。白いタキシードなんて着こなしてしまう黒滝さんがやっぱり憎くってたまらない。漫画に出てくる王子様じゃないか。

 でも、私はシワだらけであちこち汚れていてほつれて糸が飛び出している白衣を着た黒滝さんが好きだし、こんなに計算されつくした毛先より文字通り放置されたぼさぼさの髪の黒滝さんが愛しい。

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