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変人を好きになりました

第15章 知り合いと恋人

 クロタキさんは私の知り合いだったと聞いていたけど、それ以上のことは何も知らない。でも、看護師さんたちがクロタキさんのことを噂しているから彼が有名な研究員だということは知っていた。それと最近、恋人と破局したとか。



「失礼でしたよね。すいません」
 こんなすごい人が私のお兄ちゃんだなんて想像をするだけでも犯罪になりそうだ。変な空気が流れて、私は咄嗟に続けた。

「あっ、そうそう。そこにドーナツがあるんですけど、一人で食べるのは寂しくって……良かったら一緒に食べていただけませんか?」

 そう言って小さな冷蔵庫の上にのっている白い箱を指さす。クロタキさんはそれがすごく貴重な研究材料と言わんばかりの丁寧さで箱を持ち上げて重さを確かめていた。次に、細長い指が無駄のない動きで箱を開ける。


「あいつからか」

 箱の中にはいっているカラフルなポップドーナツを冷たい目で見てから言った。

 私はクロタキさんの言う『あいつ』が示す人のことを思い出して頷いた。

「はい。空良くんが持ってきてくれたんです。研究発表会があるからってすぐに行っちゃったんですけどね」

 村井空良という一見、少年にしか見えない青年は私が目を覚まして15分も経たないうちに病室に駆け込んできた。フルマラソンを走ってきたかと思ってしまうくらい息を乱してなだれ込んできた彼は躊躇せずに私に抱きついた。上半身を起こしてベッドに座っていた私の身体が空良くんの大きくない体に包まれて、すごく驚いた。男性に抱きしめられるなんて初めてだったから。


 でも、実はそれが初めてではなかったらしい。女の子のように可愛らしい村井空良と私は恋人の関係にあったのだと空良くんは何度も説明した。

「本当なんでしょうか」
 クロタキさんは口数がすごく少ない。だから、私は彼がいるのに一人で喋っているみたいに感じてしまう。それでも、何かを聞けば必ず返事をしてくれることを私は短い間で学習した。

「なにがだ」

「本当に空良くんと私は付き合ってたんでしょうか。だって空良くんってすごく有名な賞をとった優秀な天文学者なんですよね。私、そんな分野とは無縁の人間ですし」

 それに、空良くんみたいな女の子の目を惹く容姿をした男の子が私の恋人なんてしっくりこない。

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