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シトイウカ

第1章 いち。

「救いの言霊なんたる」

まあ、そういふことだから
お前とはここでお別れだ

ほおむに立つて
うすらのつぽの紳士が言ふ

まるで西洋のめとろぽりたんのやうに
硝子の張つたてんじやうは
御天道様の光が斜めに刺して
娘の顔に陰を落としている

これの母親は胸をわずらつてね

山高帽の髭面に言い訳に述べ
紳士は娘の幼い肩に手をやつた

蒸気が上がり、汽笛が鳴つて

車掌が出発の合図を告げるのだが

娘の呟きは、聞き取れないのだつた


そんな情景が
網膜に焼かれていたので

虫干しの文庫本を叩いてみるのだけれど
入道雲が遠くに立つのだけれど
縁側で猫があくびをするのだけれど
どこからか夕飯の良い匂いがするのだけれど
夏休みの子供らがトンボを追いかけるのだけれど

世界に平和が満ちていればよいのだけれど

僕やあなたや、娘の世界に

終わり






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