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初の恋、終の愛

第2章 諦めと夢

(私が何したって言うの……)
 ここに来る前はふつうにふつうの生活をしていたのに。それに。それに……念願の留学を控えていたっていうのに……。
 口から大きなため息が漏れ出た。
「どうしたの?」
 気が付くと大鍋をかき混ぜている私の隣に若だんなが真っ白ですべすべの顔をひょいっと覗かせてこちらを見ていた。
「もしかしてまた未来の話をしてほしいんですか?」
 若だんながうんうんと嬉しそうに頷いた。
 変な人だ。
 私なら急に未来から来たなんて言う人がいても絶対に信用しないのに、この育ちの良いお坊ちゃんは信じるという。
「でも、柚子さんは忙しいねえ。私も何か手伝えればよかったのだけれど」
 若だんなが言い終わらないうちに春助が飛んできて、若だんなを抱えた。
 もう19にもなる男子が簡単に持ち上げられている様は滑稽だ。若だんなも情けなさそうに口をひん曲げている。それでも抵抗しないのはきっとどれだけ嫌がっても春助が聞いてくれないと知っているからなのだろう。
「若だんな、こんなところにいると火傷をします。怪我をします。溺れてしまいます」
「ははっ」
 いくらなんでも台所で溺れることはないだろう。思わず笑ってしまうと春助の怖いしかめっ面が私を睨んでいた。
「柚子、若だんなをこんなところにまで誘い込むのはやめろ」
「さ、誘いこむって!」
「春助や。そんな言い方をするもんじゃないよ。私が勝手にしていることなんだから。それに、いくら私でも台所で溺れるようなへまはしないよ」
 若だんなに対する過保護ぶりを見ていると若だんながかわいそうになってくる。
 それでも私にそんな辛く当たらなくたっていいじゃないか。春助は私に対してすごく厳しい。辰五郎もそうだけれど、たぶん若だんなが私に興味を示しているのが気に食わないらしい。
(これは過保護っていうか、独占欲の強い恋人だよね)
「おい。柚子、さっさと朝餉の用意をしろ」
「わ、わかってます! 春助のだけ毒を盛らせていただきます」
「やれるもんならやってみろ」
 春助は若だんなを抱えたままふんと鼻を鳴らして台所を出ていった。
 その大きな背中に向かって思いっきりあっかんべーをする。春助は何も気づかずにさっさと行ってしまった。

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