
イケない同棲生活
第5章 罠
「も、もしもし真弘?!!」
『んだよ、うるせぇ。耳元で叫ぶんじゃねぇ』
慌てて通話ボタンを押して確認すれば、真弘の変わらぬ毒舌と、どこか穏やかな低い声が聞こえて。
ずっと体に入れていた力がすっと抜けてゆく。
真弘の声は、落ち着くんだ。
「…?」
けれど、どうも様子がおかしい。
首を傾げながら耳を澄ませると、日本風の音楽と、人の騒がしい声が聞こえてきて。
『わりぃ。今日迎えに行けなくなった』
それに続くように紡がれた言葉に、私は地獄に落とされたような気分になった。
『今日しぐれが貸切になって、俺が出て行かなくちゃなんなくなったんだよ。まだかかりそうだ…って、楓?』
「なに…?」
『お前、なんかあったわけ?』
「、」
忘れかけていた。後から聞いた話。真弘は、しぐれ料亭の跡取りらしくて。
突然呼ばれたり、夜遅くまで帰ってこなかったりするかもしれないって言っていた。
あんなに真弘から逃げたがってたのに、こんな状況になったら真弘を頼ろうなんて、勝手すぎる。
迷惑はかけられない。
「――別に、何も無い。迎えに来なくたって、他に帰る場所なんてないからちゃんと戻る」
『おい、』
私は早口でそう言うと、何か言いかけた真弘の声を断ち切るように、半ば強制的に電話を切った。
