
イケない同棲生活
第5章 罠
一体何に怯えてるっていうんだ私は。
今まで破天荒な父親相手にしてきたんだ。
一人で帰ることくらい、できる。
私はふぅっと一度深呼吸をして、電源を切った携帯をポケットに押し込めて足を踏ん張った。
「いざ帰らん!!」
びしっ!!背筋を伸ばして、身も凍える外へと出れば、月が薄い雲に隠れて結構真っ暗で。
怖い、なんてフレーズが頭を過ぎる。
「だ、だだだ、大丈夫」
でも、怖いと思うから怖いんだ。
大丈夫。大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、いつもより足早に足を前進させた。
冬の夜はシンとしているから、変な音が聞こえたらすぐに気付けるし。
うん、結構いける。
ひたっ
そう、思った時だった。
―――ひた、ひた、ひた、ひた、
自分の背後から、そんな不気味な足音が聞こえてきたのは。
「……え?」
冬だというのに、一瞬にしてでてきた冷や汗。
思わずぴたりと止まれば、背後から聞こえてきた足音も消えて。
考えすぎだったのか、ともう一度歩きはじめれば、
ひた、ひた、ひた、ひた
また、聞こえてくる足音。
『気をつけて下さいよ?』
何も、今思い出さなくていいでしょうよ……。
こんな時に後輩の嫌な言葉を思い出して、心臓がドクンッと大きく跳ねて、じわじわと滲み出す視界。
吐き出す息すら震え始めて、
「な、直弥、」
もう、呼んでも来るはずのない、彼の名を呼んでしまう。
きっと、昔の癖なんだろうって、思いたいけれど。3日だけでそう簡単に諦められるほど、中途半端な恋じゃなかった。
直弥、直弥…!!!
「助けてっ直弥ぁ…っ」
ほとんど走っている状態でそう叫ぶけれど、徐々に近付いてくる、あの音。
ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタッ!!!
そして、もう追いつかれる、という寸前。
