イケない同棲生活
第1章 1―しぐれ料亭にて
「もう諦めて、僕のものになってくださいね?」
「っ!!」
だんだんと男の顔が近付いてくる。
ああ、とうとう唇すらこの男に奪われるのか、と私は強く目を瞑った。
「おい、ここはラブホじゃねぇぞ」
「うごっ!!」
と。
唐突に低い声が耳に届いたかと思うと、うめき声と共に目の前からなくなった人の気配。
その直後、ものすごい衝撃音まで聞こえて、私は慌てて目を開けた。
「チッ…。俺の仕事を増やすんじゃねぇよ」
そして、視界に入ったのは、私の目の前に背を向ける身長の高い男。
さらさらの漆黒の髪と、黒色の着流し。その上に羽織られた、”しぐれ料亭”と背中にでかでかと書かれた羽織に、ここの従業員だと知る。
そして、その肩越しに見えるのは、地面に横たわる私の”婚約者”
どうやらこの男に殴り飛ばされたようで、気絶しているようだ。