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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第6章 光と陽だまりの章③

「止せ、馬鹿ッ。止めろ、止めるんだ!!」
 焦ったような男の声が聞こえたけれど、迷いはなかった。美月のか細い身体は、ひらひらと蝶が舞うように地面へと落下していった。
 美月がそれからしばらくして耳にしたのは、けたたましく鳴る救急車のサイレンの音。そして、耳許で懸命に話しかける人の声がそれに重なった。
「大丈夫ですか? しっかりして下さい。この声が聞こえますか?」
 やがて身体がふわりと持ち上げられ、どこかに運ばれてゆくのが判った。
―声は聞こえてるけど、もう私、疲れちゃったの。少し休ませて。ほんのちょっとで良いから、眠らせて。
 呼び声が次第に遠く、小さくなる。
 美月は、やがて静かに意識を手放した。

 ☆間章~ふたたびの夢~☆
  
 美月は夢を見ている。
 溢れる光の中に立ち、美月は腕に幼子を抱 いていた。
 その腕に抱いているのは、二、三歳ほど の色の白い整った眼鼻立ちの女の子だ。
 純白のドレスを着た女の子は、天使のよう に愛らしい。
 光が、降る。キラキラと眩しい光が母子に 降り注ぎ、美月は眩しさに一瞬、眼を細め る。
 美月は、ふと気付いた。光に反射しながら、 まばゆく光りながら舞い落ちてくるのは鮮 やかな金色に染まった木の葉たちだ。
 木の葉が雪のように舞い、ひらひらと降っ てくる。
 その儚い美しさに見惚れていると、ふいに 腕の中の女の子が喋った。
〝ママ、そろそろ私は行かなければならな いわ〟
 美月は愕いて訊く。
 〝行くって、どこに?〟
 〝遠い、遠いところ〟
 美月はその言葉に不吉なものを憶えた。
 〝駄目よ、行っちゃ駄目〟
 と、女の子は困ったように笑う。
 あどけない表情にも拘わらず、その態度は どこかとても落ち着いた様子だ。
 かえって美月の方がこの子に教え諭されて いるような気がしてくる。
 〝でも、私は行かなければならないのよ〟
 〝どうして?〟

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