紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~
第1章 炎と情熱の章①
美月は冷めた眼で社長を観察した。穏やかな二枚目俳優に似ているといわれている男が酷薄そうに口の端を引き上げるなんて、一体、何人が知っているのか。こんな顔をすると、まるで別人だ。
「小切手で三千万ある。君の父上が遺した借金をこれできっちりと片をつけなさい」
他人に命令することに慣れ切った男の傲慢な口調。その物言いに、美月は無性に腹が立つ。
「何故、私にそのようなことを?」
負けるものか、たとえ他の人はあなたに無条件で這いつくばっても、私はけしてあっさりとひれ伏しはしない。
そんな決意をこめたまなざしで眼の前の男を睨んでやる。
「かねてから、父や叔父に早く身を固めろと煩くせっつかれていてね。君もよく知ってのとおり、僕の父は〝K&G〟の会長であり、叔父は副会長だ。そして、この僕の血を引く息子がいずれは次の社長になる。〝K&G〟は代々、社長を含む重役を押口家の血族で務めてきた。能力主義のこの現代には即応していない因習的なやり方だという輩もいるが、言わせたい奴には言わせておけば良い。そういう背景もあってか、父は僕に一日も早く妻を迎えろと毎日、矢の催促だ。だが、僕自身は身を固める気なんて、毛頭ない。むろん、今はまだ、ということだがね。そこで、君にこの契約を持ちかけた」
「契約―」
美月の挑むような視線なぞ物ともせぬところは、流石に大物の証なのか。
美月は息を呑み、男の端整な顔を見つめた。
「僕の希望は、とりあえずは一つ、父たちに口煩くせっつかれないようにしたい、そのためには、早急に妻を迎える必要があるということ」
ひと呼吸おいて、勿体ぶった口調で続ける。
「更に、君の望みは亡くなった父上の借金をきれいに片付けたい。―どうだい、違うかな?」
畳みかけるように言われ、美月は思わず握りしめた両の拳に更に力を入れる。
「そこでだ、僕は今回、君に一つの契約を持ちかけたい。僕が父上の借金を肩代わりするのと引きかえに、君は僕と結婚する。そうだな、言うなれば契約結婚という奴だ」
「契約―結婚」
美月が呟くと、社長は我が意を得たりと頷く。
「小切手で三千万ある。君の父上が遺した借金をこれできっちりと片をつけなさい」
他人に命令することに慣れ切った男の傲慢な口調。その物言いに、美月は無性に腹が立つ。
「何故、私にそのようなことを?」
負けるものか、たとえ他の人はあなたに無条件で這いつくばっても、私はけしてあっさりとひれ伏しはしない。
そんな決意をこめたまなざしで眼の前の男を睨んでやる。
「かねてから、父や叔父に早く身を固めろと煩くせっつかれていてね。君もよく知ってのとおり、僕の父は〝K&G〟の会長であり、叔父は副会長だ。そして、この僕の血を引く息子がいずれは次の社長になる。〝K&G〟は代々、社長を含む重役を押口家の血族で務めてきた。能力主義のこの現代には即応していない因習的なやり方だという輩もいるが、言わせたい奴には言わせておけば良い。そういう背景もあってか、父は僕に一日も早く妻を迎えろと毎日、矢の催促だ。だが、僕自身は身を固める気なんて、毛頭ない。むろん、今はまだ、ということだがね。そこで、君にこの契約を持ちかけた」
「契約―」
美月の挑むような視線なぞ物ともせぬところは、流石に大物の証なのか。
美月は息を呑み、男の端整な顔を見つめた。
「僕の希望は、とりあえずは一つ、父たちに口煩くせっつかれないようにしたい、そのためには、早急に妻を迎える必要があるということ」
ひと呼吸おいて、勿体ぶった口調で続ける。
「更に、君の望みは亡くなった父上の借金をきれいに片付けたい。―どうだい、違うかな?」
畳みかけるように言われ、美月は思わず握りしめた両の拳に更に力を入れる。
「そこでだ、僕は今回、君に一つの契約を持ちかけたい。僕が父上の借金を肩代わりするのと引きかえに、君は僕と結婚する。そうだな、言うなれば契約結婚という奴だ」
「契約―結婚」
美月が呟くと、社長は我が意を得たりと頷く。